双子妊娠から育児の記録

【双子妊娠】初診では医師に試されている!?双子の親になる自覚

総合病院へ転院して初めての受診

転院先の病院が総合病院で、しかも、最近産婦人科の医師の人数が減ったようで、予約がなかなか取れず、初めて赤ちゃんの袋を確認してから約1か月後の受診となりました

こちらの病院も初診なので今までの子宮筋腫の手術の経緯を細かく説明しました

もちろん、クリニックからの紹介状にも大体のことは書いてくださっていたみたいで、かなりリスクが高い妊婦だと思われていたみたい

なので、病院で一番偉い先生の担当になるはずだったんだけど、その先生が緊急手術で見れなくなり、急遽、別の先生が診てくれることになりました

早速エコーで見ていこうということで、初めて見てもらった時も筋腫が邪魔で見えにくかったことを伝えます

さすが、総合病院の先生。あかちゃんの袋をすぐ発見

この時点で筋腫がだいぶ大きくなっていたみたいで、普通の妊婦さんの3倍くらいの子宮の大きさになっていたそう

そのせいで、エコーをあてる位置もおかしくて、通常だと下腹部なんだけど、私の場合、右乳の下くらいっていう異常さ(笑)

でも素人の私でもわかるくらいの袋の大きさになっていて、中に白いものが見えて、わたしはへぇ~と画面を見ていました

先生が急にうーんと悩み始めます

医師
医師
人工授精なんだよね?体外受精じゃないよね?
みち子
みち子
そうです
医師
医師
・・・前のクリニックで双子って言われた?
みち子
みち子
!!?? いや、そんなこと何も聞いていません
医師
医師
うーん。なんか、二人いるように見えるんだよねー。筋腫が邪魔してめちゃくちゃ見にくいんだけど
みち子
みち子
マジですか・・・

先生とじっくり時間をかけてエコーして、やっぱり双子だろうということになりました

エコーを終えて、先生と対面してお話を聞きます

思いもよらなかった双子妊娠

私は唖然として、こんなことってあるんだ!1回で二人産めてラッキー!?とか考えていました

一方、先生は神妙な顔をしていて、次回旦那さん来れますか?って聞かれて、

みち夫は病院の近くで働いていて、受診した時間も仕事が終わるような時間帯だったので、今来れるか連絡とってみると、来れるということで、すぐに来てもらいました

『多分、一卵性の双胎です。今の時点で細かい双子の種類は判断しかねます』

先生から一通りの説明がありました

みち夫も私も思ってもいなかった展開で、ポカーンとしていました

そして、ここからリスクの話ばっかりされました

妊娠という喜ばしいことのはずなのに、危険なことばかり話されるんです

  • 子宮筋腫の手術を過去3回行っていること
  • それにより、双子が大きくなってきたときに子宮が耐えられるか(子宮破裂の危険性)
  • 母体の体重が多めなので、妊娠高血圧症候群、妊娠中毒症や糖尿病発症の重症化する可能性
  • 一絨毛膜だった場合、へその緒が首に巻き付いたり、双胎間輸血症候群(TTTS)が発症する可能性
  • 流産、早産の可能性
  • 胎児に障害が残るかもしれない
  • 双子で障害が残ってしまった場合の生活がイメージできるか?生活が可能か?
  • 子宮筋腫が大きい、量もある。妊娠により悪化するかもしれない
  • 筋腫が大きく、双子となるとおなかの大きさが三つ子を妊娠した人と同じくらいの大きさになるだろう
  • おなかが大きくなってきたとき、母親の体に負担がかかる。妊婦生活がかなりつらいものになると予想できるが、耐えられるか?

これだけの情報をいきなり言われて、妊娠を継続するか次回までに考えてきてくださいと言われました

妊娠を継続するか考えるって、せっかく苦労して妊娠したのに、中絶するってこと!?

意味が分からない

でも、もし双子に障害がのこってしまって、果たして自分達に育てることができるのだろうか

今の仕事も続けられるかわからないし、今の生活と生活様式は変わってしまう

いろんなことが頭の中ぐるぐるで、もうどーしていいやら

みち夫もややパニック。でも冷静を装っていたように感じました

父親になる自覚かな?頼もしかったです

帰り際に看護師さんに

『母子手帳、もう一つもらってきて下さいね』

と言われ、

そ、そうかー!二冊いるんだ!

と我に返りました

悩んだ末に、リスクと闘って双子を産む道を選びました

先生に妊娠を継続するか考えてくださいと言われてから1週間の間、みち夫と何度も話しました

すぐに即答できなかったんです

初めての妊娠でどうなるかもわからないし、仕事もあるし、と色々考えました

それに、怖かったんです

障害を持つ子供の母親になる自信がありませんでした

というより覚悟が足りてなかったですね

でも、自分の子宮の状態がよくないと分かっていたし、今回諦めたとしても、また筋腫をとる手術をして、再度妊活ができるようになるまで1年くらい待たないといけない

そんなことをしていたら30代後半になって高齢出産となり、リスクも上がってきます

なので、私たちは妊娠を継続してリスクと闘うことを選びました

何があっても受け入れて、家族で頑張ろう

自分達ならできるよって

この話し合いの時間があったことで、親になるという自覚が芽生えたように思います

今思えば、先生に親になる覚悟があるのか試されていたのかな?と思います

奇跡のような出来事に感謝しかありません

結局、出産時に子宮がダメになってしまって、子宮を全摘することになりました

私たち夫婦はもう子供を作ることができません

夫婦で納得して子宮全摘を選びましたし、私としても覚悟はできていました

なので、今となっては双子が我が家に来てくれて本当に良かったです

心からありがとうと言いたい

双子の母になると決意したこの日のことは、一生忘れられないと思います